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Vol.03

叱られ、何度も読まされた“人生のバイブル”。

Vol.03

叱られ、何度も読まされた“人生のバイブル”。

1965年の春に地元の『浅草寺幼稚園』を卒園し、小学校へと進んだ。通っていたのは九段下駅の近くにある私立『暁星学園』。キリスト教を教育理念に持つその学校には、東京にある中小企業の経営者の息子たちが数多く通っていた。小・中・高の一貫教育であり、私も高校までをそこで過ごすこととなる。

暁星学園には小学校からフランス語の授業があった。現在の社名である『アッシュコンセプト(h concept)』の『h』を「エイチ」ではなく「アッシュ」と読ませたのは「エー、ビー、シー、ディー……」よりも「アー、ベー、セー、デー……」に馴染みがあったこともひとつの理由だ。ちなみに2016年4月~2022年3月の間、暁星中学校・高等学校の学校長を務めた飯田雅章氏は、小・中・高、そしてその前に通った浅草寺幼稚園でも一緒だった同級生である。

名児耶秀美 アッシュコンセプト

1888年創立。都内でも有数の歴史を誇る伝統校である。 ※写真は建て替え後の現在の校舎。

小学生時代を回想して、まず思い出されるのは、正門の横に掲げられていた次の言葉だ。

「困苦と欠乏に耐え、進んで鍛錬の道を選ぶ、気力のある少年以外はこの門をくぐってはならない」

“やんちゃ坊主”を絵に描いたような学校生活を送っていた私は、たびたび教師に叱られ「意味が理解できたら帰ってこい」とランドセルを背負わされたまま、何度もこの言葉を読まされた。卒業して50年以上が経った今でも、簡単に暗唱できるまでに頭の奥底に刷り込まれていて、長く『人生のバイブル』となっている気がする。実際に経営や組織運営を行う中で、自分に、そしてスタッフに対して「グズグズと悩まずに、とにかく前に進もう」と言い聞かせるその根底には、この言葉があるのではないかと思う。

小学校の私には、これといった将来の夢はなく、また勉強やスポーツに秀でている訳でもなかった。その代わりに没頭していたのは、マンガや絵、プラモデルといった類の遊びである。当時のヒーローは『鉄腕アトム』や『エイトマン』、そして『鉄人28号』。それらを真似て『がんばれ、モグマン』と言う、モグラのスーパーヒーローが活躍するオリジナルのマンガを描いていたのも微笑ましい記憶だ。

そんな素養が功を奏したのか、小学校の卒業時には、6年間を通した成績優秀者として『図画工作賞』をいただいた。あの経験は、その約10年後から現在に至るまで、モノづくりの世界に身を置くこととなる私の人生において、“原点”となる瞬間だったように思える。

人生のバイブルとなる一節は、今でも同校の正門横に掲げられている。

そのようにして知らぬ間に高められていったモノづくりへの意識だが、中学生になったタイミングで、いったんその情熱は冷めていく。理由は単純明快。“遊び”に夢中になりすぎたからだ。「どんなことでも、やるからには、とことんやる」。今も変わらないその気概が、あろうことか遊びに向いてしまった。

「面白く遊ぶためには、どうすればいいのか」。それを徹底的に追求し、考える日々。その結果、中学生であるにもかかわらずスーツを購入し、年齢を偽って毎夜ディスコに出かけては、朝帰りをして父に怒鳴られる。そんな繰り返しだった。

とにかく中学2年生あたりからは、遊んでばかり。しかしこの時期に遊びに熱中したのが、今考えるとよかったのかもしれない。高校に上がった頃には、“遊び”にも“悪さ”にも飽きてしまっていた私は、本格的に美術の道へと足を踏み入れることとなる。

Vol.04に続く

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