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Vol.10

「デザイン」ひとつを手に、商品がないままの出港。

Vol.10

「デザイン」ひとつを手に、商品がないままの出港。

18年間にわたって勤めてきたマーナを退職した私は、少しの間も空けずに新しい会社を設立することにした。そうなると当然、社名を考えなければならない。これまで公に語ったことはあまりないが、はじめは名前をそのまま使って『ヒデヨシ商店』という案もあった。しかしそれではさすがに少し不恰好である。そこで私は人生の棚卸しを行い、自分が大切にしてきた価値観を振り返り、またこれからどんな信念を持って、どういった事業をしたいのかをじっくりと考えた。

その中で浮かび上がってきたことがある。それは多岐にわたる企業活動を進めていく中で、どうしても自社の利益追求に主眼が置かれてしまい、結果的にいつの間にか自分たちがやりたいと思っていたことや、根底にあったはずの理念とは違う方向へと走ってしまうのが会社という組織の常だということ。しかし私が目指しているのは、それではない。

私が仕事を通して叶えたいこと。それは、デザイナーや工場のスタッフ、売り場の担当者など、商品に携わるすべての人が、それを使ってくれるエンドユーザーに向かってひとつのチームとなり、全員が『happy』になるモノづくりに他ならない。とは言え、そんなシンプルな願いを実現するのは、意外と難しい。そのことは大学を卒業してから、社会に出て働く中で実感している。

だからこそ、これからスタートさせる自分の会社では、前述の“組織の常”に陥ることなく、はじめに掲げたコンセプトを生涯忘れたくない。そんな思いもあって、私、『h』ideyoshi(=秀美)が考えたコンセプト、つまりは先述の「みんなが『h』appyになる」というコンセプトを、いっそそのまま社名にしてしまおう。そうすれば、そこから外れたことをしてしまった時には、周りが叱ってくれるはずだと考えた。それに「happy」のみならず、「hello(=ハロー)」「ha ha ha(=笑い声)」など、『h』から始まる言葉には、大切にしたいと感じるものが多い。

『h』というアルファベットがしっくりきた理由がもうひとつある。それはフランス語やイタリア語で、先頭にある『h』は発音しないという事実だ。たとえば「Hermès」は「ヘルメス」ではなく「エルメス」。また英語の「hour(=時間)」が「ハワー」ではなく「アワー」なのも、フランス語の発音がベースとなっているから。

そしてこれから私がつくるのは、デザイナーを応援することを主な目的とする会社。つまり自分たちが主役になるのではなく、どちらかと言うと“黒子(くろこ)”的な役割を担う存在を目指すわけである。そういう観点からも、発音されない「h」とは相性がよかった。小学校時代からフランス語に馴染みがあり、『h』を「アッシュ」と読ませたことは、この連載のはじめの方で書いた通りである。

アッシュコンセプト

ロゴデザインは大学時代の親友に依頼。設立当初のカラーは赤だった。

そんなたくさんの思いを込めて、社名は『アッシュコンセプト(h concept)株式会社』に決まり、台東区の蔵前に小さな事務所を構えた。こんな風に書くと順調なスタートを切ったようにも聞こえるが、大きな問題がある。肝心の商品がまだひとつもないのだ。会社設立のサポートをしてくれていた会計士の先生にも「何も売るものがないのに会社をつくったんですか?」と、とても驚かれた。

そうして迎えた2002年2月、無事に登記は完了。何ひとつ商品を持たない前途多難な状態の中、『デザイン』という武器ひとつを手にし、『デザインを活用して世の中を元気にする』という理念を掲げて、私はアッシュコンセプトという名の船を大海原へと出港させたのだった。

Vol.11に続く

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