20stories

Vol.06

知識や働き方、考え方。
すべてを教わった人生の師との出会い。

Vol.06

知識や働き方、考え方。
すべてを教わった人生の師との出会い。

先述の通り、人一倍不真面目な美大生だった私に、“人生の師”と呼べるまでに大きな影響を与える人との出会いが訪れた。その人は、デンマークから日本へと来ていたデザイナー、ペア・シュメルシュア氏(以下:ペアさん)。私は「デザインとはなんたるか」のすべてを、大学の教室ではなく、アルバイト先だった横浜高島屋にてペアさんから教わったと言っても過言ではない。

主な仕事内容は、ショーウィンドウの企画から装飾、コーディネートなど。週2〜3日のペースで通い、そこで指揮をとるペアさんの元で、さまざまなことを学んだ。広義では同じジャンルのことを学校でも勉強していたが、実際の現場で教わる内容はまったく違うもの。例えばこんなことがあった。彼はとにかく「垂直・水平」にこだわる。その上でつくられた垂直・水平に対して、45度のラインに商品を置くと最高のバランスがつくられると何度も教えられた。その方法論は今の私の中にも深く息づいている。

ある日、あまりにうるさく「垂直・水平」と言われるので、私は工事現場などで使う『水平器』を用いて、什器が水平に置かれているかを厳密に測ってみた。するとそれを見たペアさんがすぐに釘を刺す。「そんなものは使わずに、自分の目で見なさい。お客さんは目で見るんだから。仮に機械で測って水平だったとしても、目で見て斜めに感じたら、それは斜めなんだよ」。日本語はあくまでカタコト。しかし常にものごとの本質を的確に捉えた言葉は、今でも耳の奥に残っている。

ペア・シュメルシュア

一番左がペアさん。左から4人目、笑顔を見せているのが名児耶秀美。

得たのは知識だけではない。彼の働き方や仕事に対する考え方も、現在私が会社を運営する中で実践しているそのものだ。当時の日本の現場では「監督」や「棟梁」と呼ばれるリーダー的な存在がいて、その弟子や部下たちが命令通りに動くのが普通だった。しかしペアさんはまったく違う。常に周りにいるスタッフの意見を聞きながら、自分も一緒になって動いていた。彼には命令によって人を動かすという意識がまったくない。「名児耶さんは、どう思う?」私もたびたび質問された記憶がある。その度にただの学生アルバイトである私の意見をしっかりと聞いてくれた。

ちなみにペアさんは私の12歳上。デンマークに帰国した後もたびたび連絡を取り合っていたが、それも徐々に少なくなって、いつの間にか、完全に途絶えてしまった。今となっては、どうしているのかも分からない。どうか健康であってほしい。お互い歳をとったせいか、願うのはただそれだけだ。

1981年のクリスマスにペアさんからもらったグリーティングカード。彼のあたたかい人柄が伝わる文面。

学校には行かず、高島屋でアルバイトをすることで学びを得ていた大学生活。その中で、もうひとつ外せないのが、海外を旅行する中で得られた感覚だ。印象に残っているのは、1ヶ月以上をかけてヨーロッパを巡った旅である。特にガウディの作品には、脳天を撃ち抜かれるほどの衝撃を受けた。「殻を破れ! 何をやっても許される!!」一つひとつから、そんな声が聞こえてきたのだ。

「アメリカには自然を見るために、ヨーロッパは歴史を学ぶことを目的に」。どこからかそんな風に言われ、学生ならではの貧乏旅行ではあったが、何度も海を渡った。その中でもヨーロッパをメインに回ったのは、言うまでもなくペアさんの出身地であることが関係している。

そうして何度か海外に足を踏み入れる中で知ったのは、日本のデザインの良さである。独りよがりにならず、使う人への配慮と、自分の表現との調和の中からうみ出される我が国のモノづくりを、訪れた国々で誰もが称賛していた。後にそこにスポットを当てた取り組みが私のライフワークになっていくのだが、もちろん当時はそんなことを考えつくはずもなかった。

Vol.07に続く

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